社員とのトラブルを未然に防ぐために策定した社内の規則が、税務署とのトラブルを招いてしまうことがあります。本来は社員向けのルールであっても税務署の課税判断に影響を与える可能性があることを認識しなければなりません。今回は医療法人が奨学金として支払ったお金の会計処理について、奨学金貸与規則と異なる処理をしていたことが税務署に問題とされた事例(平成25年3月18日裁決)を紹介します。

貸していたはずの奨学金を損金算入

医療法人A会は、看護師の資格取得のために看護専門学校に入学した職員に奨学金を支払い、その金額を損金の額に算入しました。この奨学金はA会が独自に作成した「奨学金貸与規則」に基づくもので、奨学金の対象とされていたのは、看護婦(士)や准看護婦(士)の資格修得を目指してすでに看護学校に在学している職員、または看護学校への就学を希望して勉学に励んでいる職員です。支給する額は就学期間などに応じて変わり、最大で100万円を超えることもありました。

規則では奨学金について無償で支給するものとは記載せず、「貸与するもの」としていました。ただし、借りた職員が病院に勤務している期間は返還を猶予するとしたうえで、支給から3年経てば返済義務を免除することになっていました。

税務上では、将来的に返還を受ける予定のお金は損金の額に算入できません。ただ奨学金はA会で働いている限り返済の必要がないうえ、3年経てば免除されるので、将来的に返還を受ける予定はないとも言えます。

しかし税務署は、「奨学金貸与規則」の文言を基に、奨学金はA会が職員に貸した「債務免除条件付の貸付金」であると判断しました。すなわち損金の額に算入できないという判断です。

書面の内容が税務では優先

A会はこれに対し、奨学金を貸与するものとしたうえで一定期間働けば返還を不要としたことについて、資格取得の直後の離職を防止して、職員に長期間の勤務をしてもらうために規則化したと説明。さらに規定について「拘束力のない、いわゆる紳士協定」、「規則どおりに運用されている実態もなく、返還を目的としていない」と、あくまで形式を整えただけのものと主張しました。

しかし国税不服審判所は、あくまで奨学金貸与規則では返還義務が定められていることと、また支給にあたってはA会と職員双方の合意があって民法587条の金銭消費貸借に該当することから、奨学金は返還を予定した貸付金と解釈しました。A会の紳士協定という主張に関しても、それを認める証拠はないと一蹴。税務署の判断通りに、奨学金を支払った事業年度に損金に算入できないと結論づけました。

教訓

今回の事例のように、従業員とのトラブルを防ぐために作った規則が、税務に影響を与えてしまうことがあります。実際には職員に貸したお金ではなくても、規則で貸与と定めていれば、税務上でも貸与と判断されてしまう可能性があるのです。税務署からすれば判断基準は規則しかないので、その判断は仕方がないと言えます。規則と異なる処理をするとどうしても問題とされてしまうのです。

社内で規則を作成する際には、その規則を確認する当事者は社員だけではなく、税務署も含まれると認識する必要があります。そのうえで、税務上も問題にならず、税額の計算で損しないようなトータルバランスを考えた規則を組み立てなければなりません。