相続対策として身内間で自社株を移転する際には、税務署に株価の算定方法とともに「株の移転は本当にあったのか」という点をチェックされます。今回は株式の移転の事実について争われた事例(平成18年7月7日裁決)を紹介します。
自社株の相続対策 うまくいかずに方向転換
代表取締役の父であるAさんは、所有する自社株の相続対策を順調には進められませんでした。まず、信託を使った方法を進めていたのですが、財産評価に関する通達の改正でその方法による対策が不可能となり、次に講じた従業員持株会を設立する方法も、持株会の設立が難航しました。
そこで、会社の総務部長であり、また税理士でもあるBさんとの間で譲渡契約を結び、持株会が設立されるまでBさんに株式を渡すこととしたのですが、持株会を設立する前にAさんは死亡してしまいました。Aさんの相続人は、Bさんに譲渡されている株式は相続財産とはならないと考え、財産に含めずに相続税の申告をしました。
ところが税務署は株式をAさんの相続財産と認定しました。その理由は、Aさんには株式を従業員持株会へ譲渡する意思はあったものの、Bさんに譲渡する意思があったとは認めにくいというものでした。Bさんとの間で交わした売買契約書は、当事者の真意に基づかずに作成されたものと推測したのです。
これに対してAさんの相続人は、売買契約は民法で定められた「契約自由の原則」に基づいて許された行為であり、何の根拠もなく否認はできないはずと反論。しかし税務署は売買行為自体が仮装行為に過ぎず、実際には株式を譲渡した事実はないとしました。
国税不服審判所の判断はAさんとBさんの間の売買契約の目的を「相続税額を不当に軽減させるためのもの」とするものでした。この売買契約には、AさんからBさんへと譲渡されるのと同じタイミングで株式に譲渡制限を設け、Bさんには株式を自由に処分する権利を与えなかったなど、不自然な点がいくつかあったのも事実です。
そのため売買の形式を借りたに過ぎず、一連の経緯を全体として見れば、AさんとBさん、さらに相続人である代表取締役の三者が共謀して行った「通謀虚偽表示」(民法第94条1項)であるため、契約は無効と判断。株式を相続財産に含めるのが妥当としました。
最近は事業承継税制の拡充によって相続税の負担を減らす方策がとりやすくなったとはいえ、まだ自社株の相続対策は経営者にとって大きな課題です。良さそうな方法が目先にぶら下がっていれば食いつきたくなる気持ちはよくわかりますが、税務署に否認されるおそれがあるので注意が必要です。
【教訓】
今回の教訓の一つ目は、税制や通達の改正によって相続対策がうまくいかないリスクがあるということです。Aさんの相続対策では信託を使った対策が中途半端に終わっています。通達改正前に策を講じていれば問題なかったのですが、関係者が今ひとつ一枚岩になれていなかったため出遅れたことが失敗の原因かもしれません。相続対策は時間との闘いでもあるので、しっかり検討して決めたのであれば迷わず突き進む方が良いと思います。
二つ目は、契約書だけ整えても実態と合っていなければ税務署に否認されるということです。著しく不自然に見えてしまうと租税回避目的ととられてしまいます。形式と実態を合わせながらしっかりした対策を練っていきたいところです。