税金の計算でミスをした税理士は、顧客から損害賠償を求めて訴えられることがあります。いくら税金に長年関わってきた税理士であってもミスを絶対にしないとは言い切れないものなので、多くの税理士は万が一に備えて「税理士職業賠償責任保険(税賠保険)」という保険に加入しています。この税賠保険を取り扱う保険会社からは毎年、「去年はこんな失敗事例がありました」という報告を受けるのですが、いつものように出てくる失敗が、「消費税の原則課税にするのか、それとも簡易課税を選ぶのか」という選択の際のミスです。
今回は社長が説明を受けることなく提出された簡易課税の届出の有効性について争われた事例(平成29年3月8日裁決)を紹介します。この裁決は、税理士ではない人に税務申告書の作成を任せていたことで納税者が受けた損害に関する事例でもあります。
税理士資格ない人に 申告書作成を依頼
飲食店を営むAさんは事務作業を母親に一任していました。母親は、Aさんが顧問契約を結んでいた税理士事務所の担当者Bさんが退職したにもかかわらず、なじみがある担当者が良いと考えたのか、税理士事務所との契約は継続したままBさんに引き続き税務処理を依頼していました。Bさんはその依頼に応じ、Aさんの消費税について「簡易課税制度選択届出書」を作成して提出しました。
Bさんは税理士資格を持っていませんでした。資格がない人は単独で税務申告書の作成代理をすることができません。Bさんが税理士事務所に勤めていた時期は所長税理士の責任の下で作成・提出していたので法的な問題はなかったのですが、退職後は所長の監督責任の下にあったとはいえないので、ニセ税理士行為となります。
しかし、Bさんの作成した申告書には、過去に勤務していた税理士事務所の所長が署名・押印をしていたため、税務署はニセ税理士が作成した申告書とは気づかず、書類を受け付けていました。
なにもトラブルがなければそのままニセ税理士行為は続いたのかもしれませんが、Aさんの消費税の計算上、簡易課税の方が不利な結果となったため大きな問題となりました。
Aさんは自分の知らないところで無資格者によって「簡易課税制度選択届出書」が作成され、自分はその提出に関してなにも説明を受けていないとして、届出書は無効であるとしました。
しかし税務署は、実際に税理士の署名がある届出書は有効なものであり、税理士から説明を受けていなくてもその責任はAさんが負うべきとしました。
国税不服審判所も同様の判断で、Aさんの主張を一蹴し、簡易課税が選択されたものとして取り扱うことが妥当としました。
書類自体が税理士の署名とともに提出されている以上、提出したことをなかったことにするのは難しいと考えた方が良いようです。
【教訓】
会計事務所と中小企業の関係は様々なので一概には言えませんが、お互いの担当者同士だけで打ち合わせをして、税理士や社長はその場に顔を出さないケースは多いようです。しかし、重要な事項については税理士が、社長に直接説明するということを怠ってはいけないと思っています。
今回の事例では、母親がBさんのことを税理士だと誤解していたそうです。資格のない人が税理士を装って申告書作成業務を行うことは税理士業界としても問題となっています。会社側も相手の資格の有無を一度確認していただきたいと思います。