オーナー企業の帳簿には代表者からの借入金が記載されていることが少なくありません。代表者からの借り入れであれば無利息にしやすく、また“あるとき払い”という約束も可能で、金融機関から借りるのと比べてメリットは大きいものです。しかし管理や返済がルーズになり、気がつくと帳簿に巨額の代表者借入金が記載されていて、相続の際に問題になるということがあります。
今回は代表者借入金が相続の際に税務署との争いの種となった事例(平成28年5月12日裁決)をご紹介します。
ルールの適用有無で 評価額に3倍の差
億5千万円の貸付金がありました。貸付金は債権として相続税の対象となります。しかし会社の業績が悪いため、Bさんはその1億5千万円を回収できませんでした。
回収できない財産に相続税を課税されても税金の支払いは容易ではありません。貸付金債権の評価のルールでは、債権金額の全部または一部の回収が不可能もしくは著しく困難であれば、それらの金額を評価額に入れなくて良いとされていることから、Bさんは回収不能と見込まれる金額を除いた約5千万円、すなわち原則の評価額の3分の1の額を相続税の対象として申告しました。
「回収不可能」という 証明は難しい
Bさんの主張は、会社は毎期決算で営業損失と経常損失を計上していて、さらに営業キャッシュフローがマイナスになるなど経営が客観的に破綻しているので、貸付金債権は回収の見込みがないというものでした。しかし税務署は、回収の見込みがないことが客観的に確実であると言える状況とは認められないと真っ向から反論しました。
国税不服審判所は、Bさんが引き継いだ会社は経営状況が良好でないとしてもただちに事業経営が破綻するわけではなく、またAさんが生前に一切返済を受けていなかったことについては「代表者への返済よりも金融機関への返済を優先することは不自然でない」として、代表者が受け取っていないのは会社がまずは金融機関に返していただけのことだとしました。すなわち、借入金の回収が不能または著しく困難という状況にはないとして、税務署の主張を全面的に支持したのです。
なお、会社が公認会計士とともに再生計画に沿って経営改善に取り組んでいたことや、自主計画に基づいて経費削減策に取り組んでいく旨を金融機関に報告していることも、借入金の回収の見込みがあるという判断に影響を与えています。
【教訓】
会社が代表者から借り入れを行うこと自体は、国税不服審判所も「同族会社で代表者や役員である親族が個人の資産を投じて事業を継続することはまれではない」と判断しています。借り入れの際に契約書を作らなかったり、利息を定めなかったりすることも、「同族会社と代表者等との人的関係に鑑みれば、同族会社の経営状況とは無関係に行われること」として、“よくあること”と判断しています。
そのため借り入れ自体がただちに問題となることはありません。しかし相続の局面になると、実際には受け取れない財産にまるまる課税がされることになってしまいます。無計画に代表者借入金を増やすのではなく、金額を調整しながら資金繰りを考える必要があります。