同族会社の帳簿では、社長の親族との取り引きをよく見かけます。身内間の取り引きの税務処理は、同族会社と親族の税金が少なくなるように調整することもできるので、税務署から目を付けられやすい項目です。
今回は会社が行った調整が行き過ぎてしまったために取り引きが否認され、税務署が計算し直した額の所得税が課税されてしまった事例(平成23年7月8日裁決)を紹介します。
税務署長の権限で 課税方法決めるルール
父親が代表を務める同族会社に不動産を賃貸していたAさんに対し、税務署は所得税の追徴課税を行いました。その理由は、Aさんが受け取っていた賃料は不当に低く設定されていて、税逃れが行われていたと税務署が判断したためです。
税務署はAさんの申告を否認する際に所得税法の157条のルールを適用しました。これは、所得税の負担を不当に減少させるような同族会社の行為・計算があったと税務署が判断した時に、税務署長が決めた方法で計算して処分できるとする法律です。つまり、税金逃れのような行為があれば、税務署はその取り引き自体を否認し、適正な取り引きや適正な金額に置き換えて計算して課税するというもので、かなり思い切ったルールと言えます。
税務署は立地条件や規模などが類似する土地なら通常は賃料が同程度となると考え、類似する土地の金額を参考にして「適正賃料」を算定。その賃料で取り引きが行われていたと置き換えて課税処分を行いました。
法律に該当するなら 適用は妥当
この計算ルールが適用されると、たとえ収入がなくても「適正な取り引きが行われていれば収入はあるはず」という見込みで課税されてしまいます。それを踏まえてAさんは、「収入がないところには課税しないという所得税の原則に従えば、157条の適用はおかしい」と主張しました。
これに対して国税不服審判所は、「同族関係者の税負担を不当に減少させるような行為を放置すると租税の公平な負担を害する」と税務署長の権限を認めた157条の意義を明確にしたうえで、157条の要件を満たせば税務署長はルールを適用できるとして国税当局の主張を支持しました。賃料の金額については「Aさんの主張には理由がない」と切り捨てていて、全体としてAさんの主張はほぼ採用されませんでした。
税金の「収入がないところには課税しない」という原則は大事ですが、157条という法律の要件に該当すれば適用されて課税される、という形は税法のあり方としては正しいと思われます。
【教訓】
実務上、157条の適用はそれほど多くはありません。ただ、同族間の取り引きでは適用されるおそれがあることを踏まえて税務処理する必要があります。
いくつかの裁決を見ると、税務署が計算した対価の額に基づいて計算した所得税額が、納税者が計算した申告所得税の額に比べて著しくかい離しているという、不明瞭な判断基準で結論が出ることが少なくありません。基準が不明瞭なだけに反論もなかなか難しいという厄介な制度です。157条の条文に記された「不当に減少」という、立場によってどうとでも判断できるような基準は個人的には好きではありません。ただ、そういう制度が存在する以上、身内間の取り引きではあまり節税を狙いすぎず、157条を念頭に置いたうえで「一般的にこれくらいなら妥当だろう」という判断をしたうえで対価の額を決める必要がありそうです。